ぞうとおじさん -ドラえもんが発信する平和教育-

こんにちは。あるペンです。

 あるペン、幼稚園の時に、従兄から『ドラえもん』の漫画を10巻どかんと貰った事があります。あるペンが貰ったと言うよりは、3姉妹に下賜されたのです。ありがたやー。

 なので、あるペンは幼稚園児の時には、『ドラえもん』から、平仮名、カタカナ、ある程度の漢字を読めていました。作者は、藤子・F・不二雄。あるペンが尊敬する作家さんの1人です。そんなF氏は、疎開経験者です。疎開先で藤子不二雄Aと出会い、共同で漫画を描くようになるのです。奇妙なご縁か、はたまた運命か。

 『ドラえもん』は、1970年代の漫画なので、のび太くんのパパは当然の様に疎開経験者です。のび太くんの叔父さん(パパの弟)のび郎叔父さんはカメラマンで、年中海外に居るので浅黒い肌をした、ちょっと恰幅のいい人と描写されます。正月に顔を出せないからと、夏とか季節外れの時期にやってきては、のび太くんとドラえもんにたぁんとお年玉をくれます。だから、のび太くんは叔父さんが大好きです。

 1973年初出、コミックス5巻掲載の作品に、『ぞうとおじさん』という佳作があります。叔父さんがやってきた、夏のお話です。インドの密林で不思議な体験をしたという、叔父さん。パパに「ぞうのハナ夫を覚えているかい?」と聞きます。叔父さんが大好きだった、動物園のぞうのハナ夫。戦争が激しくなって、兄弟揃って田舎に疎開するのですが、終戦後、残念ながらハナ夫は軍の命令で毒殺されていました。

 「そんな! ひどい!!」と憤るのび太くんとドラえもん。2人は宥める大人を置いて、2階に駆け上がり、タイムマシンでハナ夫に会いに行きます。勿論、助ける為に。

 折しも空襲で、檻が破れ、思いつめた飼育員さんがハナ夫を連れて行ける所迄逃げてみると言っていました。2人は、スモールライトを使って、ハナ夫を小さくし、ロケット郵便ポストでインドへとハナ夫を送り返しました。

 ほっとして帰る2人。しかし、ハナ夫は無事に故郷の密林に帰れたのか。一抹の不安と共に、居間に戻ると、「どこが不思議な話なんだい?」と、パパが話を促している所でした。

 叔父さんは、インドの密林で仲間とはぐれ、1人飲まず食わずで彷徨います。そして、もう力尽きたと倒れた所、木々の向こうからじっとぞうが見つめていたそうです。ああ、ハナ夫だ。ハナ夫が迎えに来たんだ。叔父さんは、その優しい目を見て、確信します。ぞうの背中に揺られ、いつの間にか気を失っていると、叔父さんは村の入り口で倒れている所を助けてもらいました。「ハナ夫は助かったんだ! ばんざーい!!」と2人は踊り、大人はそれを微笑ましく見るのでした。

 『かわいそうなぞう』等の絵本から着想を得たお話でしょうね。F氏は、可哀そうなままで置いとけなかった。のび太とドラえもんに、「戦争ならもうすぐ終わりますよ」「そうそう、日本が負けるの」と簡単に言われた軍人は、「非国民!!」と軍刀を抜きます。そんな描写や、空襲・防空壕の描写はリアルで、ドラえもんが狸に間違えられるお約束のギャグも踏まえつつも、お話はかなり真剣です。

 あるペンは、令和・テレビ版の『ぞうとおじさん』も見ました。その時、この時代に、子どもに見せるエンタテイメントの中に、平和教育を組み込めるのは、とても貴重に感じました。(言及はされていませんでしたが、さすがに叔父さんは、パパの兄らしき描写でした)

 『ドラえもん』というコンテンツを通して、小さい人たちが、「戦争は怖いんだな」とか「戦争はかわいそうなんだな」と感じられるのは、平和教育の入り口として、とても間口が広いと思うのです。

 若い世話人さんには、「ドラえもんに、そんな要素、要る?」と言われたのですが、映画版で口を酸っぱくして、「戦争はダメだ」と言っているF氏の信念の様なものすら、あるペンは感じるのです。

 こんな世の中だからこそ、ドラえもんっくらいは、「戦争は怖いよ」と言っていてほしいのかも、しれませんね。

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